卒業設計

「他者の痕跡」

 

他者と出会うとき、我々は他者をどう眼差しているか。
現れる情報の群れを記号として解釈し、他者を自らの理解の中に押し込めようとしてしまいがちである。ともすると、「互いに相手の主体性を奪ってこれを客体化し、(中略)熾烈な闘争を続けている」(1)とさえ言えるかもしれない。この暴力の連鎖を断ち切り、他者の存在そのものを浮かび上がらせる空間を作ることはできないだろうか。
他者の現れ。そこに痕跡という概念を導入してみる。他者が残す痕跡。僕らはそれを受け取る。解釈しようとする。解釈されたものは記号と化し他性を失う。解釈されないものは謎として他性を孕み続ける。
解釈されなかった謎による攪乱。ここに他者の純粋な存在を見出せるのではないだろうか。建築を通して痕跡の群れを一部ずらす事。それにより痕跡の攪乱を引き起こし、他者の存在を突きつける事。これを試みた。
バス停は多くの他者と交わる場所だ。そこで触れる他者はその時限り隣に立っているだけの関係かもしれない。そんな時、僕らはつい他者を単に記号として受け取ってしまう事がある。だからこそ痕跡を通じて他者の存在そのものに触れなくてはいけない。“わかりやすさ”が大量に消費される現代において、他者の“わからなさ”を愛したいと、私は思うのです。
「痕跡は、存在の消去不可能性そのものであり、あらゆる否定性に対する存在の全き権力であり、(中略)、存在の広大さである」(2)

(1)浅田彰「構造と力」
(2)E・レヴィナス「他者の痕跡」

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です